ホテルから上野江駅のホームに来るだけで、カルチャーショックと心の葛藤が多くずいぶん長々と書いてしまいました。特急ひたちが発車する8番ホームに降り立ちます。在来線の特急が10両編成です。四国では考えられない長さです。予讃線のしおかぜ+いしづちでも8両編成なので、本州の懐の深さを感じます。
私は9号車ですが、これまた自分の座席の車両が停まるところまで結構歩きます。全席指定だったと思いますが、どの車両の停止位置でも長蛇の列です。高松駅でなら指定席を取っておけば、並んでもせいぜい列車が見え始めたくらいです。とにかく都会はタフでないとだめです。仕方が無いので、私も並んで列車を待ちます。しばらくしてE657系がしずしずと入線してきます。
どうも方向感覚が狂っているので、どちらの方向から列車が来るのかが分かりませんでした。北に向かうのと、ホームの自分の位置から右が1号車だったので、右が北で左から来ると思っていたら右から来ます。この旅では、そういうことが度々でした。瀬戸内海側では海が見えれば、四国なら海が北、山陽側なら海が南という単純な構図に体が慣れ切っているようです。
とりあえずお茶を置いてみます。座席は普通の特急の座席のようで、特段の感想はありません。横にはお子さん連れのお母さんとお子さんが、3列並びで上野駅から同乗します。横が大柄なおじさんでなくて、一安心です。お子さんもなかなか品の良いお子様で、奇声を上げることもありませんでした。
上野駅を出て、しばらくは緩く走ります。車窓からはスカイツリーが見えます。肉眼ではもっと大きく見えますが、スマホではかろうじて写る程度です。隅田川、荒川と川を渡るたびに、茨城に近づいているようです。
土浦付近の風景です。先日、鳴門に撮影に行きましたが茨城県は蓮根の生産量1位です。同じような景色ですが、スケール感は断然こちらが大きいです。田んぼの風景も、四国とはやはり違います。
こちらは水戸駅です。水戸黄門の水戸市という程度しか知識はありません。確かに大きな街ですが、これだけ平地が広いと街も駅もゆったりしています。そう考えると、高松市などかなりコンパクトにまとまった都市なんだと気づきます。
列車はどんどん北上を続けます。広大な田んぼが続き、いい方は悪いのですが単調な景色が続きます。気がつくとウトウトしていますが、特に車窓に変化もありません。この列車、特急の割に遅いしもっと本気を出して欲しいなどと思い速度を見ると120キロで走行していました。線形がよくまっすぐ走るのと、景色が単調なのでスピード感を感じることが出来ていなかったようです。特急ひたちよ、すまん。
後から調べてみると、特急ひたちの主要顧客はいわき市までのようです。隣に座っていた親子、上野駅から乗っていた学生サークルと思しき若者も降りていきます。何かいいことある所なのか調べてみると、ハワイアンリゾートがあるのがいわき市でした。知識として知っているだけで、それがリアルとしてつながるのが旅のいいところです。ここからは、仙台までの乗車率は3割程度だったと思います。座席にランプがあって、緑が在席、赤は空席で赤ランプばかりでした。黄色ランプになれば、次のお客さんが乗ってくる合図だけれど、ここからはほとんど乗ってきませんでした。
本当に無知で恥ずかしくなりますが、常磐線は福島第二原発の被害で9年の歳月をかけて2023年に全面開通をしたとのことです。グーグルマップを見ていると、福島第二原発のすぐ近くを通るではありませんか。この煙突のようなものは原発の一部と思われます。特急ひたちの仙台駅直通は、復興支援も含んでいるそうです。
JR富岡駅です駅も新しく、駅前もがらんとしています。このあたりから、道路には大型ダンプが連なって走っておりここが東日本大震災の大きな被害があった土地であったことと目前の風景がリンクします。地震の風化が叫ばれていますが、風化どころか分かったつもりで何も知らなっかった、分かっていなかったことに自分自身愕然としました。
双葉町の風景です。おそらくこの山の向こうくらいに福島第一原発があると思われます。手前の大野駅でスーツを着てキャリーケースを持ったサラリーマンが大量に降りていきました。
原ノ町駅です。
田んぼに稲も植わっており、すっかり日常を取り戻しているようには見受けます。でも、それが本当かどうかは分かりません。いろんなことに対して、自分がどれだけ無知で、TVや報道にしてもどれだけ飽きやすく、真実を伝え続けることがどれほど難しいのかと感じます。それ以上に、いろんな出来事を自分のことと捉え感じることが如何に難しいのか、考えさせられました。真実を目にすることの大切さなど、色々考えるきっかけとなった気がします。
考えさせらる常磐線の旅も、そろそろフィナーレを告げようとしています。タワーマンションが立ち並ぶのが遠めに見えて杜の都・仙台が近づきます。
常磐線の旅は全くの思い付きだったのだけれど、本当にいい鉄道旅でした。
その⑦につづく
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