水島臨海鉄道を堪能しましたので、次は宇野線の乗りつぶし旅にチャレンジします。地図を見てみると「宇野みなと線」という名前がついているようです。最近、空港や駅、鉄道の路線も愛称で呼ばれることが多くなりました。宇野の港に行く路線ということでは名は体を表してよいネーミングではないでしょうか。
倉敷市駅から茶屋町駅までは10分程度です。
ここから子供たちと瀬戸大橋線に乗って香川に帰った記憶がありますが、倉敷市内からここまでどうやって来たのかを全く覚えていません。バスに乗って来たような気もしますが全く思い出せません。
駅中の記憶は全くありませんでした。セブンイレブンがあります。私が倉敷に赴任した時には、香川にはまだセブンイレブンはなく、サンクスでした。
自動改札です。
ホームに上がるとマリンライナーがやってきました。
駅をウロウロします。
ほどなく上りの「南風」がやってきます。
停車せずに岡山方面に向けて走り去りました。駅のホームの椅子に座っていると汗だくの若者が「隣いいですか?」と横に座ってきました。どこから来たのか?と不思議なくらい汗だくです。
227系「うらら」が入線します。広島で走っているレッドウイングの仲間だそうです。中は素晴らしくきれいです。
ゆったり座れてクーラーも効いています。駅が近いせいか、スピードはそうでもありません。
いつの間にやら、高架線から普通の線路になっていました。奥に見えるのが瀬戸大橋線です。
こちらものんびりしているうちに、終点の宇野駅に到着です。宇高連絡船との接続の駅だったので、イメージとしては青森駅的な大ターミナル駅をイメージしていましたが思いにほか、こじんまりとしています。
当たり前のことですが、連絡船が廃止になったのもずいぶん昔で再開発も相当にされています。近年は瀬戸内芸術祭のモニュメントもあります。外国人の方がたくさん歩いていて、直島に向かっているようですが私はその手のものには残念ながら興味がありません。霊感がゼロなのと同様に、芸術に感応するセンサー感度は低いようです。
駅舎はモダンです。
ハリウッドばりに玉野競輪の看板があります。
駐車場の近くに唐突に宇高連絡船の遺構が見つかります。こういう哀しいものが大好物です。私の気持ちとしては、芸術よりこちらの方を推してもらいたいと思います。
思い出しましたが、おもちゃ王国に行こうとフェリーに乗って宇野に来たことがありました。あの頃は自分が貧しかったこともありますが、瀬戸大橋も料金がかなり高かった記憶が残っています。
目の前に直島が見えます。三菱マテリアルの精錬所があり、島がはげ山になっています。高度成長の光と影が見て取れます。その直島がアートの島として、海外からも注目されていることがなんとも哀しみを含んでいてテンションが上がります。
まさに、もののあわれを体現した景色と言えます。このあわれを外国人は理解できるのだろうか?
あまりこちらには重きを置いていないようです。
哀しい雰囲気がしないので遠巻きに眺めて観光は終了です。
直島行きのフェリーが泊っています。駅を出たところで外国人の女性がフェリー乗り場の場所を若者に聞いていました。若者は英語は話せないと言っていましたが、スマホを使ったり駅まで英語のパンフレットを取りに行ってあげたりとなかなか丁寧です。日本人の丁寧な良いところが見れたと思いつつ、反面言葉もしゃべれないのに1人でここまで来るとは、外国人には不安を感じるセンサーは無いのだろうかと不思議な気持ちでことの成り行きを見守ります。
駅に戻ります。とにかく外国人の人が多い。
平日ですので、学生も多く帰りは座ることは出来ませんでした。
宇野・玉野と言えば、連絡船・造船・鉄道と重厚長大、斜陽、労働者というイメージで町中にオイルの臭いが漂ってるんだろう的な勝手な脳内イメージがありましたが、オイルはオイルでもオリーブオイルの香りが漂いそうな雰囲気でした。
このあと茶屋町駅に到着、水島インターから瀬戸大橋を渡り高松に着弾しました。あわただしいようで、うたた寝のようにのんびりした不思議な休日でした。
でも本当によい休日でした。
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