2025年6月 山陰本線完全乗車旅 鳥取~下関⑥

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このルートは以前山口線経由で新山口から走破したルートですが、前回はかなりの雨だったのでかなり印象が違います。出雲市からほぼ貸切の「やくも」に乗ったことを思い出します。

そのときの記事はこちら

玉津造温泉駅を通過、以前家族旅行で行った記憶があります。そのときは私の両親と松江城や、その付近をうろうろしたのを思い出します。長女がまだ2歳で、長男が妻のお腹の中にいた時分です。子供たちは大人になり親元を離れ、私自身はあの時の親の年齢を越えています。まさに光陰矢の如し、人生とはいかにもあっという間の出来事なのだとしみじみと感じ入ります。年齢のことを言えば私の年と同じくらいで会社を辞め病気療養の末早逝した義父。そのときは単純に可哀そうだと思ったものの、それを取り巻く義母、そして妻の哀しみを理解することは出来なかったと今からするとそいう気がしていますが、年を経るにつれその哀しみの一部を私自身がやっと引き受けれるようになった気がしないでもありません。見知らぬ土地への鉄道旅の醍醐味と言えば、こういうよしなしごとをぼんやり考えたり、普段あまり反省をしない私ですら自らを省みることでしょうか。

段々センチメンタルな気持ちになってくるのは、いつの間にやら山陰ぽい(あくまでも私のイメージする)曇天になって来たので景色の見え方が変わってきているからでしょうか。

単線なので度々列車交換をします。それとも田儀駅は停車駅だったのかは定かではありません。

その後も列車は海岸線をひた走ります。「男はつらいよ」のオープニングで出たと思われる「温泉津温泉」の温泉津温泉駅も通過します。列車から見る街はこじんまりとしており、秘湯の雰囲気を醸し出します。

程なく江津駅に到着です。江津と言えば、江の川、そして高校野球ファンなら江の川高校(石見智翠館)のある土地としての認知度が高いかと。列車から外を眺めると大きな工場が見えますが、ネットで調べると日本製紙の工場のようです。人口は2万程度、車窓から見る風景は天気のせいもあり寂しげには映ります。関西・中国の強豪中学からの野球留学、この土地で若者は甲子園を目指して日々過ごしているのでしょう。とはいえ、猛暑で甲子園の大会のあり方が検討されたり、価値観の多様化でもはや野球は国民スポーツでは無くなりつつある中、何に自分の気持ちが反応しているのかは分かりませんが、言葉ででは言い尽くせないモヤモヤとした気持ちが渦巻きます。私が育ってきた昭和・平成という時代は過去になってしまった、そういうことにセンチメンタルな気持ちが反応したのかもしれません。

やたらと線路の間が広いです。ここは以前三江線や日本製紙の貨物線が乗入れしていたと思われ、ターミナル駅として隆盛を誇っていたと思われます。三江線跡地を巡る旅もしてみたい気はしますが、四国からここまで来るには相当な覚悟は必要です。

続いて折居駅です。ここは、近くで「青春18切符」のポスター撮影がされたことで有名な駅と思われます。「自分の部屋で、人生など考えられるか?」のキャッチフレーズで、海岸で男性が寝転がるその先に1両編成の列車が走るポスターです。地元の高校生がポップは塗装をしたことでも知られているとか、いないとか。列車からも何やら青く塗られた駅舎をチラ見できます。

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この記事を書いた人

オーバー50の四国在住のおっさんです。
愛機オリンパス OM-D E-M5 MarkⅢで
土讃線の鉄道風景をメインにJR四国の鉄道風景を撮影します。

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