前日かなり車を運転した疲れか、朝起きると5時40分で今日こそは「しまんと1号」に乗車をしうと思っていた出鼻を挫かれます。昨日の疲れもあるので今日はブログ更新やYOUTUBEに動画を上げたりしてみようかと思い、妻と一緒に朝ご飯を食べてゴロンと横になっていました。
今日は妻は仕事で出かけるというので急につまらなくなって、当方も近場に出撃しようと画策をします。
初日・2日目は香川県、3日目は高知県となれば次は徳島県です。前々から徳島駅付近で動画を含めてじっくりと撮影をしたいと思っていたので色々調べます。駅から西側の歩道橋から高徳線、牟岐線の線路にかかる歩道橋からは徳島車両区が撮影できるというのでなんなら「うずしお」に乗って行って半日くらい徳島駅付近を堪能するかと、思いましたが西側からの順光撮影やキハ47・40、キハ185などを撮影するならもっと早い時間に行くべきだったと思います。
となれば、池谷駅を中心に鳴門線や蓮根畑、吉成駅付近の有名ポイントなどに行ってみるかということになります。日曜日にたまたま見たNHKの大河ドラマで長曾我部元親の話をしていたので、その周辺の長曾我部の足跡をリサーチすると勝瑞城というのがあったので鉄道+歴史旅も面白そうだと意気揚々と鳴門方面に出発します。
まずは板東駅に行ってみます。

のどかな風景に心が癒されます。真夏だと暑くて景色を愛でる気持ちも湧きませんが、風が通り抜けて清々しい。

ちょうど勇気凛々、アンパンマンうずしおがすぐにやってきます。

板東駅に別れを告げ、次は勝瑞駅近くの高架からの撮影を試みます。

この高架の真下を高徳線が走ります。

下りのうずしお2700系の赤が黄色、緑、青の景色にマッチしています。カーブもちょうど2両編成にピッタリのサイズ感です。

場所を少し変えて、上りの普通列車も撮影します。架線のないディーゼルしか走らない路線なので、結構な街中なのに雄大な感じがします。天気も良くて、本当に心が洗われているのを実感します。
ここから旧吉野川方面に移動しますが、もう目と鼻の先です。

河口側に近い橋からの撮影です。

車が走り去りますが、結構なスピードで轢かれるのかと2度ほど思います。お盆に撮り鉄と地元のかたとのトラブルがありましたが、それで何か当方にも嫌な気持ちがあって突っ込んできているのかと思うほどのスピードで本当に戦慄が走りました。

最初はもっとアップで撮影しようと思っていましたが、4両で来ることを思い出したのでスッキリ収まりました。いつもの春日川とは水量が違うので怖いです。
今回の撮影は【M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO】を使用しています。マイクロフォーサーズをお使いの方には買って後悔はしない逸品です。OMSYSTEMのリンクはこちらです。
お昼となりましたので一旦ランチを食べて、ここから勝瑞城へ歴史の旅に出ることとします。

昼ご飯はすきやの牛丼です。単身赴任していると高い頻度ですき家に行っていたので、一時期はお腹いっぱいな感じでしたが、たまに食べると美味しい。

お腹もいっぱいになりましたので、歴史散策と参ります。

城郭も無かったであろう城で模擬天守もないので、ただの広場です。

蔵王大権現のようにこぶしを振り上げている当方の影。(ただ遠くを写そうとスマホを持ち上げているだけです)

AIに勝瑞城のことを聞いてみます。
勝瑞城は、阿波国における戦国期の政治・軍事の中心として栄えた城である。室町期には細川氏が阿波守護として本拠を置き、城下には政庁や寺社が整備され、阿波国の支配拠点として機能した。やがて細川氏の勢力が衰えると、三好氏が台頭し、勝瑞城は三好長慶・三好実休らの本拠として最盛期を迎える。特に三好氏は四国・畿内へ勢力を広げる過程で勝瑞を政治中枢とし、城下町は武家屋敷や商人町が発展した。しかし、三好氏の内紛と織田勢の進出により勢力は弱体化し、長宗我部元親が阿波へ侵攻すると勝瑞城は激戦の舞台となる。最終的に城は長宗我部氏の攻勢で落城し、戦国阿波の象徴的な城郭としてその歴史を閉じた。
一時期とは言え、徳島の人物が京の都を治め、その栄華が徳島にもあったなんて信じられねえなと思いつつ歴史に思い馳せつつ、次に向かいます。次は吉成ストレートを見つつ、阿波市場駅跡を愛で池谷駅付近で鳴門方面に向かうキハを狙う段取りです。

ナビで地図を見ながら駅の方に行ったりしましたが、写真でよく見る赤い煙突を思い出しその方面に向かうとここだと辿り着きます。車を停める前に警報機が鳴りますので路肩に車を寄せて何とか撮影します。

もう少し線路に近いところがポイントなのだけれど、ネットに書いていた通りに緑のネットが貼られています。こんなのどかなところで、悪質なことをする人がいるのか信じられない気持ちですが田舎の人の土地、田んぼに対する思いと撮り鉄の若者の感覚のずれが軋轢を生むのだと思われます。地元のかたにとっては先祖代々の田んぼであり、「田んぼの畔を踏むのは主人の頭を踏むのと同じ」というほど田んぼの思いがあることを理解しなければなりません。
- 畔は水を管理するための“田の境界”であり、 破損すると水が漏れ、収穫に大きな影響が出る
- 田の境界は村の秩序そのもの
- 無断で踏むことは「他人の田を荒らす=生活基盤を壊す」行為
つまり、畔を踏むことは単なる迷惑ではなく、 生活と生産を脅かす重大な侵害行為としっかり理解をして畔は踏まないようにしなければなりません。写真をいい場所で撮りたい気持ちは分かりますが、自分の感覚でずいぶん遠慮したなあというくらいが丁度です。地元のかたに挨拶をしっかりして、来た時よりきれいにして帰る。これが田んぼでの撮影のマナーと思われます。

この駅跡は阿波電気鉄道の市場駅として開業、国鉄の阿波市場駅となり昭和46年に廃止となった駅です。NHKの番組で中井精也氏が来たかった場所として訪れた場所であり、当方も一度は来たかった場所です。

着くや否やでアンパンマンうずしおが高松方面に向かって爆速で走り抜けました。

後で気がついたのですが、ここが先日撮り鉄と地元の方のトラブルがあった踏切のようです。この歪んだガードレールがその時のものなのでしょうか?さっきの田んぼ沿いといい、この踏切といい普段ならだれも気にしない場所なのに度々トラブルが起こるのはなんとも心が痛みます。鉄道も、カメラも本当にいい趣味なのに・・・。
ここからはラストスパートです。

喉が渇いて自販機を探していると池谷駅に辿り着きます。ちょうど上りの普通列車が来たので撮影します。

高松方面に走りさります。10月が近いと言えども、日中は30度近くまで気温があがり少しばて気味です。

線路を渡り西側から池谷駅を発車した2700系うずしおを撮影します。

15時前に池谷駅に着く四国色のキハ47が来ます。青い空に四国色の青が映えてこころがスッキリ洗われます。

池谷駅で列車交換をした普通列車がやってきます。

線路の東側の蓮畑は枯れていて、収穫が始まっているようです。

車に向かっていると上りのうずしおが池谷駅に、緩やかなスピードで滑り込んでいきました。
ここで帰っても良かったのですが、鳴門駅に行ったあのキハを撮って帰ろうと鳴門線沿いを車で走りますがなかなかいいポイントが見つかりません。というか車を停められる場所が無かったのが実状です。

たまたま信号待ちで止まった道路沿いでなんとか撮影して本日はフィニッシュ。田んぼの話では無いけれど、自分が思う以上に遠慮して帰っても良かったなあ、なんて少し苦い感じがしつつ高松への帰路につきました。
正直遊び過ぎて、相当に疲れたけど本当に頭が空っぽになって楽しめました。池谷駅付近をくるくる走るだけで相当に楽しめます。ああ、今日も面白かった。
明日は連休最終日。明日も何か撮りに行こう。